大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(ラ)934号 決定

抗告人

株式会社インタナショナル・マネジメント・ビジネス

右代表者

五十子孝三

右代理人

山崎順一

北本善彦

相手方

破産者フインカメラ・ソシエテ・アノニム

破産管財人

ブレイズ ロエリッヒ

右代理人

木村寛富

藤縄憲一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告は、申立人相手方、被申立人抗告人間の東京地方裁判所昭和五五年(モ)第九八六九号仮差押執行取消申立事件について、同裁判所が昭和五五年六月三〇日にした執行取消決定が違法であるとして、「原決定を取消す。相手方の執行取消申立を却下する。抗告費用は相手方の負担とする。」との裁判を求めるものである。そこで、以下、本件抗告の当否について判断する。

二まず、一件記録によれば、本件に関して次のとおりの事実関係が認められる。

1  フインカメラ・ソシエテ・アノニム(以下、「フインカメラ」という。)は、スイス法に準拠して設立され、スイス連邦国ジュネーブ州ジュネーブ市に本店を有する会社であつて、昭和五三年(一九七八年)六月以降、ジョルジョチャンフェローニがその代表取締役(アドミニストラテール・デレゲ)であつたところ、昭和五四年(一九七九年)一〇月二六日、ジュネーブ地方裁判所において破産の宣告を受け(以下、「本件破産」という。)、同日以降、ジュネーブ州司法省破産局次長ブレイズ ロエリッヒがその破産管財人に選任され、就任している。

2  ところで、わが国の特許庁には、商品登録番号第四八四一六二号、第五七二一八六号及び第九三七二八六号なる商標権(以下、「本件商標権」という。)が出願登録されており、昭和五三年一月一九日以降、その権利名義者はフインカメラとなつているが、抗告人は、フインカメラに対して有する金一五〇万円の売掛金債権の執行を保全するため、昭和五四年一二月一〇日、東京地方裁判所に対し本件商標権の仮差押命令を申請し、同月一一日、同裁判所においてその旨の決定(以下、「本件仮差押決定」という。)を得た。そして、右裁判所からの執行嘱託に基づき、特許庁昭和五四年一二月一一日受付第一〇九九四号をもつて、本件商標権仮差押の登録がなされ、本件仮差押決定の執行がなされた。

3  なお、本件仮差押決定においては、その債務者は、「フインカメラ・ソシエテ・アノニム、右代表者代表取締役ジョルジョ チャンフェローニ」と表示されており、また、その決定の主文の末尾には、「債務者は、金一五〇万円を供託するときは、この決定の執行の停止、または、その執行処分の取消を求めることができる。」と記載されていた。

4  そこで、相手方は、弁護士木村寛富及び同藤縄憲一を代理人として、昭和五五年(一九八〇年)六月二六日、本件仮差押決定に記載された金一五〇万円(仮差押解放金額)を供託したうえ、東京地方裁判所に対し、右仮差押決定執行の取消を求める申立をなし、同月三〇日、同裁判所においてその旨の決定を得た。この決定が本件の原決定である。そして、この原決定を不服としてなされた抗告が本件抗告である。

三ところで、抗告人は、まず、わが国の破産法第三条第二項は、「外国ニ於テ宣告シタル破産ハ日本ニ在ル財産ニ付テハ其ノ効力ヲ有セス」と規定しているところ、本件仮差押決定の対象となつた本件商標権は、わが国の特許庁に出願登録された権利であつて、「日本ニ在ル財産」であるから、スイス連邦国のジュネーブ地方裁判所において宣告された本件破産は本件商標権についてはその効力を有せず、その破産に伴つて就任した破産管財人である相手方は本件商標権については管理処分の権限を有しないというべきであり、従つて、相手方は本件仮差押決定執行の取消を申立てる当事者適格を有しないにもかかわらず、これを誤認して、相手方からなされた右執行取消の申立を認容した原決定は違法であると主張する。

そこで考察するに、わが国の破産法第三条第二項に右のような規定があること及び本件商標権が「日本ニ在ル財産」であることは、抗告人の主張するとおりである。しかしながら、破産法の右規定は、外国において宣告された破産はわが国にある財産については当然にはその効力、特にその本来的効力(包括執行的効力)が及ばないことを宣言したにとどまり、それ以上に、外国において破産の宣告がなされたことや、それに伴い破産管財人が選任されたこと自体を無視したり、その宣告の結果、当該外国において、その国の法律に従い、破産管財人が破産者の有する財産の管理処分権を取得するなどの効果が発生することを否定したりすることまで要求するものでないことは明らかである。すなわち、外国において破産の宣告がなされた場合には、その破産管財人が、わが国にある財産について、それが当然に破産財団に帰属する財産であつて、自己の管理処分権の直接の対象になると主張したり、それに対してなされた第三者からの個別的執行(仮差押等を含む。)を破産の効力に抵触する違法な執行として、その停止、取消等を求めたりすることが許されないことはいうまでもない。しかし反面、破産宣告のなされた当該外国の法律が、破産管財人において破産者の有する全財産の管理処分権を取得することを認めており、しかし、その財産の中に他国(わが国を含む。)にある財産も含まれているような場合には、その破産管財人は、右外国法によつて認められる破産者の全財産の管理処分権に基づき、その財産を保全するため、わが国にある財産についても、破産者がわが国の法律に従いその財産について有する権利(外国での破産の効力がわが国にある財産には当然には及ばないために、破産者がわが国の法律上その財産について依然有する管理処分権やそれに基づく実体法上及び訴訟法上の各種の権利)を行使することが許されるものと解すべきである。そして、ここでいう破産者の有する権利を行使するという趣旨は、破産者の権利を前提とする点において破産管財人個有の権限の行使ではなく、また、管財人が破産者のためにその権利を代つて行使するものではない点において代理でもなく、あくまでも破産者の有する権利を管財人が管財人としての資格で行使するものである点において、いわゆる代位行使の観念に近いものというべきである。

なお、右の場合、当該破産管財人が破産者との関係において他国(わが国を含む。)にある財産についても管理処分権を取得するか否かは、右破産宣告のなされた当該外国の法律に従つて決定すべきものであり、他方、わが国にある財産について破産管財人に対し破産者のいかなる権利をいかなる形式で行使することを認めるかは、その財産の存在するわが国の法律に従つて決定すべきものであることは、国際私法ないし国際民事訴訟法の原則に照らして、当然である。そして、以上のような解釈は、外国における破産の効力がわが国にある財産について当然に及ぶことを認めるものではないから、破産法第三条第二項の規定に違反するものではないのみならず、飛躍的に発展、増大し、かつ、迅速化した現今の国際経済ないし取引の実状にも即応する妥当な解釈というべきである。

これを本件について見るに、スイス法に準拠して設立され、ジュネーブ市に本店を有する会社であるフインカメラが、昭和五四年一〇月二六日、ジュネーブ地方裁判所において本件破産の宣告を受け、同日以降、ジュネーブ州司法省破産局次長ブレイズ ロエリッヒがその破産管財人に就任していることは、前記認定のとおりであるところ、スイス債務法第七三六条、第七四〇条によれば、会社は、破産宣告によつて解散し、破産管財人が破産法に従つて清算を行なう(なお、会社の役員も、必要な限度においてのみ、代表権を保有する。)とされており、スイス債務取立・破産法第一九七条、第二四〇条によれば、破産開始の時に破産者に所属した全財産(但し、同法第九二条所定の差押禁止財産を除く。)は、その所在地にかかわらず、破産財団を形成し、破産管財人が、その財団の利益につき責任を負い、その清算の事務に任じ、裁判上これを代表するとされているから、右破産管財人ブレイズ ロエリッヒ、すなわち本件の相手方は、スイス連邦国においては、破産者フインカメラが本件破産開始時に有した全財産について管理処分の権限を取得したものであり、そして、その財産の中にはわが国にある本件商標権も含まれるものと解すべきである。他方、抗告人が、フインカメラに対して有する金一五〇万円の売掛金債権の執行を保全するため、昭和五四年一二月一一日、東京地方裁判所において本件商標権を対象とする本件仮差押決定を得、同日、その執行をしたことは、前記認定のとおりであるが、それより先になされた本件破産もわが国にある財産である本件商標権については当然にはその効力が及ばないから、本件仮差押決定及びその執行は、本件破産のために、その効力が左右されるものではない。しかし、フインカメラは本件仮差押決定の債務者であるところ、その決定の主文中には、債務者は、金一五〇万円を供託するときは、その執行処分の取消等を求めることができると記載されているから、フインカメラは、民事訴訟法第七四三条、民事執行法附則第三条によつて改正される前の民事訴訟法第七五四条第一項に従い、右金一五〇万円を供託して、本件仮差押決定執行の取消を求める権利を有するものというべきである。従つて、相手方は、本件破産の効果としてスイス連邦国の法律に従つて取得した破産者フインカメラの全財産(その中には本件商標権も含まれる。)についての管理処分権に基づき、その財産を保全するため、右フインカメラがわが国の法律に従つて取得した本件仮差押決定執行の取消を求める権利を行使することができるものであつて、その執行取消を申立てる当事者適格を有するものというべきである。

そして、以上に述べたごとく、相手方について本件仮差押決定執行の取消申立の当事者適格を認めるとしても、それは、本件破産の効力により、わが国における本件商標権についての管理処分権が破産者フインカメラから相手方に移転したことを認めるものではなく、却つて、右破産宣告後も依然右フインカメラがその管理処分権を有することを前提にしているものであるし、また、本件仮差押決定ないしその執行を違法として、その取消を求めることを認めるものではなく、右仮差押決定ないしその執行の効力自体は争わないで、ただ単にその執行の目的物に代る金額を供託してその取消を求めることを認めるにすぎないのであるから、それは、破産法第三条第二項の規定に違反するものでないことはもとより、わが国におけるその他の公序規定に違反しないことも明らかである。

もつとも、右のような見解に立つて考察すると、原決定の当事者目録及び前文の用語の中には、いささか不正確な表現がないわけではないけれども、それは、原決定全体を違法として取消さなければならない程の瑕疵とはいえないから、その他に違法事由のない限り、相手方の申立を認容した原決定は、相当として支持すべきである。

従つて、抗告人の前記主張は、結局その理由がなく、採用することができない。

四抗告人は、また、相手方の代理人として本件仮差押決定執行の取消の申立をした弁護士木村寛富及び同藤縄憲一には、いずれも相手方から相手方のために右のような申立をする代理権を授与されていなかつたにもかかわらず、原決定は、これを看過して、右申立を認容した違法があると主張する。

しかしながら、ジュネーブ州司法大臣官房長官代理作成名義の資格証明書(この証明書は、その方式及び趣旨により、真正に成立した外国公文書であると認められる。)によつて真正に成立したものと認められる、右執行取消の申立書添付の委任状の文言を見ると、たしかにその一部には意味の不明確な表現もないわけではないが、これを全体的、合理的に見れば、右委任状は、破産者フインカメラの破産管財人であるブレイズ ロエリッヒ、すなわち相手方が、右両弁護士に対し、右破産者の有する右執行取消の申立権の行使に関する一切の権限を授与する趣旨の文書であると解しうるから、右弁護士両名は、右委任状の交付を受けることにより、相手方から、相手方の代理人として右破産者の有する右執行取消の申立権を行使する権限を授与されたものと認めるのが相当である。従つて、右執行取消の申立には、代理権欠缺の違法はなく、抗告人の右主張は採用することができない。

五抗告人は、更に、破産者フインカメラと本件破産開始時の同人の財産によつて形成された破産財団とは法律上別個の人格であるから、後者の管理処分権を有するにすぎない相手方は、前者を代表して本件仮差押決定執行取消の申立をする権限を有しないにもかかわらず、原決定は、相手方が前者を代表してなした右執行取消の申立を有効なものとして認容した違法があると主張する。

そこで、右主張について考察するに、破産者フインカメラの破産管財人である相手方に右破産者自体を代表する権限があるか否かの点はさておき、相手方のなした本件仮差押決定執行取消の申立は、相手方が破産者フインカメラを代表してなしたものではなく、相手方が右破産者にいわば代位してなしたものと解すべきであり、そして、その申立が適法なものであることは、前述したとおりである。従つて、抗告人の右主張は、その前提を欠き、採用することができない。

六以上のとおりであつて、抗告人の主張はすべて理由がなく、そして、一件記録を精査しても、その他に原決定を違法としてこれを取消さなければならない事由を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件抗告はその理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(川上泉 奥村長生 福井厚士)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例